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リレーエッセイご執筆者に次号のご執筆者をご紹介頂きます2011. 4.  RIETI  LETTER
文化をさらりと身にまとい顔画像と経歴



ファッションデザイナー  コシノ ヒロコ

 何十年かぶりに長唄三味線を再び学び始め、間もなく7年になります。子どもの頃身体に染み込まれた物事というのは強いもので、稽古を再開して暫くするとすぐに指が動くようになりました。時間をつくっては稽古に励み、名取となって、お家元の襲名披露演奏会といった大きな舞台で演奏させていただいても我が師匠に恥をかかせない程度に上達しています。

 私はデビュー以来ずっと、東洋的な美を洋服という西洋のスタイルに落とし込むことに腐心してきました。その根本にあるのはもちろん、私を育んでくれた日本の文化です。祖父や母のおかげで、幼い頃から歌舞伎や文楽、長唄といった伝統芸能に親しみ、そういえば幼少の私が初めて描いたスタイル画は、歌舞伎の衣装でした。

 古くは明治維新、昭和に入って敗戦後、日本的なものは旧態依然とした価値観と同一視され、蔑ろにされる時期が長く続きました。やっと、ここ20年ほどでしょうか、日本的なものがむしろ新鮮なものとして見直され、当初「和ブーム」とでもいえる現象だったものも、一過性のもので終わらずに定着したように思えます。雑誌でもテレビでも、ノスタルジックともいえるように和物が取り上げられつづけています。このあたりは若干、世界の中で存在感を失った日本人の自己発電的要素も見え隠れしますが。

RIETI LETTER 表紙画像

 きっかけはどうあれ、自分たちの文化の足元を見直し、紆余曲折の歴史を経ながらも連綿と受け継がれたものにあらためて価値を見出すことができるのは、たいへん幸せなことだと思います。島国日本には古代からさまざまな人やものが渡来し、土着のものと混ざり合い、気候や風土の影響を受けながら、独特の文化や習慣が育まれてきました。客観的に見てもそれは、至宝のごとき財産です。世界中で文化の多様性が失われつつある現在だからこそ、私たちには、大切に後世に伝える義務が課せられているのではないでしょうか。

 実際のところ、こうした日本の文化習慣に当然のように親しみながら成長してきたのは、私たちの世代が最後だったかもしれません。とはいえ、悲観したり難しく考えたりする必要もないと思います。敷居が高いように思える和物文化ですが、鑑賞するだけでなく、日常の暮らしの中のものとして取り入れればよいのです。この数年で、着物を着る若い女性が増えました。書道の世界にも若い才能が次から次へと生まれ、新聞の歌壇には小学生と思われる常連の投稿者もいます。こんなふうに、ひらりと軽やかに、興味のある分野へと飛び込んでゆけばよいのです。文化はDNAに組み込まれるという学説があるといいますが、それが本当なら、私たちのDNAにも、まだまだ日本文化の神髄は組み込まれているはずですから。



次号は、ピアニストの熊本マリ氏にお願いします。
リレーエッセイ 「文化をさらりと身にまとい」  (リーチレター 2011年4月号)  ファッションデザイナー  コシノ ヒロコ

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